Mar 29, 2017

心の琴線

好きなものについて考える

わかってそうでわかってないこと


洋服、インテリア、食、音楽、香り、風景、人、雰囲気、場所、作家、花、色.......


好きなものに囲まれたいと思ったら

まず大切なのは好きなものに忠実であること

それより前に自分が本当に好きなものは何か知ること


以前、大学生の女の子が

こんな悩みを打ち明けてくれました


自分の好きなものを知ること探すことが難しく感じてしまうんです。


あれも好きな気がするし

これも素敵だし...

あっ!昔からこういう感じはずっと好きだったな。でも色々違うのも見てみたいし、、

好きなものは色々あるような気がするのだけど

本当に好きなものってなんなのか分からなくなったりする

自分のことをきちんと知っていたい

就職や将来を考える時、そこをヒントにしたいのにそれが何なのかわからなくなる。



その話を聞いてよく分かる、と深く頷きました

私も20代(最近終わったばかりだけれど)

そのことをたくさん考えていたから



今もまだ道半ばだけど

かつてボヤけていたその輪郭が少しずつくっきり濃く描き出されてきたかなと思う


その為にやったこと

とにかく心の中頭の中の好きなものを整理する作業


まず「好き」と思ったものを

なんでも一冊のノートにまとめることにしました

スクラップブッキングは子供の頃から大好きで夢中になって止められない

風景、ファッション、インテリアだったり好きな映画のセリフやシーンを書き連ねたり、小説やエッセイの一文を書き写したり アートや国、旅先やシチュエーション。とにかく好きに関するものなんでも


それでも最初あれもこれもと欲張って

目移りして

好きなもの、多っ!って思ってしまうような雑多でまとまりのない浮気がちなノートの出来上がり


それはそれでその雑多ごと今の自分

これも面白いしいいや〜と、


気にせず続けて書き溜まっていくと次第に自分の好きな傾向のようなものが掴めてくる


そうして見えてきたものは

本当に好きだと心から思えるもの


だけどその「好き」が見えなくなっていたということは知らず知らずのうちに他のものに影響を受けてごっちゃになって心の中で絡まっていたからかもしれない

雑誌や広告、SNSや人の話など

流れてくる情報をなんとなく目にしているうちに

意識せずとも心が散らかっていくのかもしれない

それを放っておくとますます自分の好きがぼやけて

「好き」に接する密度や純度が薄まってしまうのかもしれない

だからこうして時々目に見えるように整理することって大切だな、と思いました

整理整頓して心の中にスペースができると

その空いたスペースを使って

本当に好きなものを深掘りできる


でもそうして分かった「好き」って突き詰めるとなんだろうと考えた時「心の琴線」という言葉が思い浮かびました


よく、頭で考え過ぎずに感じることが大切

と見たり聞いたりします


そして感じようとして

感じよう感じよう、

これはどんな感覚?と心の声を必死に聞き取ろうとしている状態はやっぱり「心で感じることを頭で考えている」状態だったなぁと。


そんな時、意識するしないに関わらず自分の奥深くに響いてくる感覚に目を向けてみました


ふいに胸が高鳴ったり

不思議に目が離せなかったり

ぎゅっと心が締め付けられたり

感極まって涙がこぼれてしまったり

憧れでぼーっとなってしまったり

じんわり暖かく感動が広がったり



いつ訪れるかわからないその「琴線」に触れるものを待ってそのひとつひとつを大切に拾って集めていって気付いたこと


今まで好きだと思っていたモノやことって

実は「好きになりたかったもの」も多かったのかもしれない。ということ


それは

環境や立場、流行だったり

「こういうものが好きだったら素敵なんじゃないか」というような他人の目線を意識しての好き、だったり、

今じゃなくて理想の自分であったらこういうものがきっと「好きであるべきもの」もいうような。



琴線に触れたこと、を基準にしてから

それらは頭で考えて好きだと思っていたものが多かったんだと気がつきました


それを感じるためには

リラックスしていることが大切

日々心と体を柔らかくして過ごしたい


深呼吸したり

美味しいご飯を食べたり

軽い運動を定期的にしたり

ぐっすり眠ったり


今は子育て真っ只中でそんな基本的なことも中々叶えるのが難しかったりしますが

出来る限り整えて

好きなものや感動に敏感でありたいなと日々思い、日々反省しています


心は正直なもので

暮らしや目の前のことに追われ過ぎると

文字通り忙殺されてしまう


心の琴線はずっと変わらずに胸の奥にあるんだけれど

そこに到達するまでに

靄がかかったりチリがつもったりしていたら

響くはずのものも響かなかったり、触れたとしても鈍い音しか出なかったりするんじゃないかなぁ、と。


何度見ても感動する映画や音楽でも

全く入ってこない、響かないとき

いつ見ても幸せにしてくれる花を見ても心ときめかなかったり

そんな状態の時、

あ〜基本的なこときちんとして

リラックスすることが今は優先!

さ、琴線 の周り風通しよくなるように掃除しよって 笑


いつも心をキュキュッと綺麗に拭き上げておきたいものです


それともう一つ、

本当に好きな「コト」は意識せずとも楽しく出来てしまうこと。

自然に出来てしまうから好きだなんて気がつかなかったりするけど気がつくと長く続いているもの。

ある人にとってはそれが音楽だったり、絵だったり、読書だったり、物を書くこと、料理、何かを集めることだったりするかもしれない


私の場合は読書と何か文章を書くこと、インテリアについて考えること。これらは日常の中で自然過ぎて「好きなことは?」と聞かれても出てこなかったりする


でもそんなことこそまさに自分が好きなこと


好きなもの、琴線に触れたものをその都度拾うために

大きなスクラップブックとは別に

いつも小さなノートをバッグに忍ばせています


好きなもの、急にひらめいたこと、なんでも書き留める

素敵だと思う言葉や文章をまるで綺麗な貝殻でも集めるようにここに閉じ込めておく


何が無くなるよりも

一番ショックかもしれません

そして中を誰かに見られたらと思うとだけで赤面してしまう




ここ数年は

スマイソンのパナマノート

表紙がラム革で作られているので

とっても丈夫で経年変化はあれどヘタらない

そして万年筆のインクの裏写りもしなくて優秀です


一冊、一冊と本棚のひとつのスペースを埋めていくノートの背中は自分を知って深めると同時に積み上げていく様をみるようです

琴線に触れるような高揚感のある「好き」と自然に無理なく続いている「書く」という日常の「好き」が合わさって楽しく続いている大好きな作業です

そういう意味ではブログもそれに近いなぁ




更新頻度はともかくとして...

意識せずとも書いているときは熱中できる^^

書き出したら指先から言葉が溢れて溢れて止まらなく、いつも書きすぎてしまいます、、笑


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