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親が子どもに与える影響ってどのくらい?

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子育てがスタートしてから今まで じわじわとプレッシャーに感じていることがある それは、母である自分の一挙一動や 選び、与えるものが子どもの人格に すごーく影響するのではないかということ 言動や生活態度や趣味嗜好、 そういうものが 彼らのすべてを形作る気がして、、。 育児本のコーナーに寄ってみると 今を失敗してしまったら もう取り返しがつかないんじゃないかと錯覚してしまうような刺激的なキャッチフレーズが並んでいたりする。 気にしない気にしない!と思っていても 育児に悩んだり 心が弱くなっているときほど なんだかざわざわと気になって その手の本をパラパラと手に取ってみたり。   読んだ直後は頓服薬のようで 明日から自分もスーパーママになれるような 無敵な気分になるんだけど 得た知識を実際に 日常に落とし込んでみようとすると、、 こんなのもうとっくに何度も試してるわー!と いうものもあれば、 これ、子どもの性格によって無理よね? というもの、 え、これで本当にグローバルな人間になるかしら?とツッコミどころ満載なものや これは!いい!と思う 実用的なアドバイスを実践してみても なかなかうまくいかなかったりして はぁ、、ちゃんと育てるためには 一体、どのくらいちゃんとすればいいの? と頓服薬の効果はすぐに切れる笑 そこで冷静になって考えてみた はて? ″親″がこうなってほしいと 与えるものって どこまで人格に作用するものだろう? わたしの両親は 確かにいろんなことを教えてくれた。 だけど私自身大人になった今、 個性も考え方も、価値観も 両親がイメージしながら教育していた 娘の人生やパーソナリティーとは 全然違う仕上がりになっている気がする 現にそう言われる そして夫も義父には 「わしにはお前の考えていることがこれっぽちもわからん。贅沢せずに普通に生きなさい」と 今でも心配されていて 義母には 「あ〜こんなに息子がいい男に育つなんて!」 とうっとり喜ばれるという サプライズな仕上がりを見せている 私の母は母性が強く、 世話好きで心配性なタイプ。 若き母が幼き私の子育て中、 事あるごとに 「気をつけて」 「危ないよ」 「ここは遠慮しときなさい」 などとしょっちゅう声をかけ、 その理由を懇々と 説明してくれたのにも関わらず、 わたしは当時から その言葉を右から左に流していた 危ない...

4月が終わりそう

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お久しぶりです。 コロナ、なかなか落ち着きませんね。 皆さま、元気にお過ごしでしょうか?  わたしは長男がこの春小学校に入学したので ペースを掴むまでしばらく気が張っていましたが最近ようやく慣れてきてこうしてブログを書こうという余裕も少しでてきたところです この一ヶ月を振り返ってみて つらつらととりとめなく書いていこうと思います 小学校入学後の長男本人の感想は 幼稚園生活とはガラリと変わり 急に時間割りスタイルの勉強があったり 知らないお友達ばかりで緊張しているのか 「つかれる〜!」だそう 「楽しい?」と聞いたら 「ちょっとね。」 そのちょっとが少しずつ増えていったらいいね 物心ついてからはじめての兄弟別々の環境 お互い別々の場所から帰宅して おたまじゃくしとザリガニの世話をしながら(いるんです、、。) 会話をするのがお互いに リフレッシュになっている感じ おとうとにとって「○○くんのおとうと」ではない「自分」で生きていくことになった(大袈裟...?)幼稚園生活。 基本的に兄に憧れいつも兄の後を追っていて 遊ぶのも兄のお友達中心だったので どうなるかな?と思いましたが それはそれでのびのびしている様子。 ○○くんのおとうと、とは別の 自分自身の顔 たくさん見つけられるといいね 少し遅い入学&進級のお祝いにお鮨屋さんへ そんなにたくさん食べる方ではないから 油断していたけど、、 まぐろの赤身がえらく気に入り それだけで12.3貫...そのあと白身やえび、いくらなど好きなものだけたっぷり 最初はその気持ちのいい食べっぷりに にこにこしていましたが、 全くペースが落ちず次々オーダーする姿を見ていてだんだん底無し胃袋なんじゃないか?と 恐ろしくなり 「もうそろそろ終わりにしたら? お腹いたくなっちゃうよ。」と言ってみる小心者の母。 食育は質だと自分に言い聞かせてきましたが これからどんどん大きくなる彼らを満足させるためには量が第一に大切になってくるのかもしれません 3月末に長男が幼稚園で仲良くしていた お友達たちとそのファミリーと卒園旅行 楽しかったな そしてこの時からまだ一ヶ月しか経っていないのが衝撃...! 環境がガラリと変わる節目の時期は特に 目の前の新しさのインパクトが強くて 過去が過去になるスピードがグッと早まる 先月まで長男と手をつないで 幼稚園から一緒...

春高楼の花の宴

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晴れの週末、 お昼過ぎからお花見の会へ 小田原文化財団 江之浦測光所 アーティストの杉本博司さんが 海を、自然を、天空を展望するために 作られた場所 杉本博司作品の総まとめのような特別な場所 久しぶりに訪れました 集合時間より少しはやめに着いたので 敷地内をゆっくり散歩 広大な庭には敷地いっぱいに咲く菜の花 そして桜 その奥に見えるのは海 菜の花と桜、海を同時に展望できたのは 人生ではじめてかもしれない 雨の音を聴くための 二畳の小さな茶室 雨聴天 なんてロマンティックなのだろうと 感動したのがこの花見台 階段を一番上まで登ると 桜に包まれることができる 途中からは杉本博司さんご本人に 施設のご案内をしていただく 世界的なアーティストだということを 一瞬忘れてしまうほど いつも気さくにフレンドリーに接してくださる 雨を聴く茶室、光の通る道、竹林、みかん畑、 能のガラス舞台に数々の骨董や 化石のコレクション 施設内のすべてが 杉本さんの世界観で作られた壮大なアート こんな風に自分の頭で考える世界を 実際に景色として生み出せたらどれだけ楽しいのだろう この江之浦測候所という場所は 構想の時、まず遺跡をつくりたいと思いつき 滅びたあとの美しさを想像しながら作られたようです その後夕方から月が出るまでは 石舞台でのミニライブ ソプラノオペラ歌手、 増田いずみさんの優しい歌声 トゥーランドットの美しさに心が震える 最後は杉本さんもご登場 荒城の月をデュエットで 写真、能の舞台演出、建築、書家、 さらにはオペラまで... 本当になんでもできる方なんだなぁ...! ここ最近、というかこの一年は 外出する機会がグッと減りましたね そして、そんな状況にも慣れてきたころ。 慣れてしまえば そんな生活に快適さも見出せるようになってきた だけど、こうして外で 本物の美に触れると やはり外で刺激を受けることは 直接的なこころの養分になると思いました 同じ場所にずっといると どうしても世界が狭くなってくる 水は滞留するとすぐ腐る 反対に振動を与え続けると腐らないらしい からだも同じ 運動して血中に酸素をたくさん取り入れて 循環していないと、途端にあちこちが詰まる こころだって同じ 同じ環境で同じことばかりししていると明らかに滞ってくるのを感じる ただ、ひとつの事柄を、 自分の中で深く考え続ける...

あのこは貴族

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久しぶりに映画館へ。 「あのこは貴族」 原作は山内マリコさん 何度か読み返した程 個人的にとっても面白いと思った お気に入りの小説。 そんな作品が実写化されると聞いて 決まって感じるのは、嬉しさと複雑さ。 原作が面白ければ面白いほど 実写版に対して 期待しすぎないように気持ちを抑えて観る。 ですが! この映画はとーっても! 素晴らしかった...! 物語の主人公は 東京の上流階級出身のお嬢様と 田舎育ちで努力のみでのし上がってきた地方女子 そんな全く違う生き方をする 2人の女性がそれぞれの立場を乗り越えて 自分を見つめて人生を切り開こうとする姿を描いた作品。 箱入りのお嬢様、華子役は門脇麦さん 地方出身女子、美紀役は水原希子さん それぞれの生きづらさ もともとの家柄があるからこその生きづらさ 上京し、自由を手に入れたと思っていたのに 東京で生きていくことの生きづらさ そんな辛さや葛藤が 双方の人生や環境を対比するような形で 描かれます お互いに対極にあるような環境や育ちといった バックグラウンドだけど それぞれに影響を受けて そこから学ぶべきものがある 多様性を受け入れて、 いい部分は柔軟に自分に取り入れ向上させる。  今の時代こそ、 通じるメッセージかなと思いました 観賞後、一緒に行った友人と お茶をしながら感想を語らっていたのですが お嬢様の華子の設定は さすがにちょっと古い価値観だね。と。 最近の東京のお嬢様は のほほんと箱入り、というよりも そんな箱に入っておらず 一生懸命勉強して、キャリアを築いたり、起業したりするような感じが主流になってきているような気がする 社会構造がどんどん変わってきて 箱にはいったお嬢様のままではいられない  ようになってきている 実際、息子の友達の女の子たちも お嬢様ほど熱心にスポーツや勉強をしている    わたし自身は 完全に地方出身女子の美紀寄り(大阪なのでそこまで田舎ではなかったけれど) なので共感することが多かった 上京して自力で生きてきた期間が長いこともあり 東京のこの感じ、わかる、わかると。 そして東京暮らしも長くなってきた 今は華子側の世界も近からずも遠からず、 といった環境にいるからこそ 分かる部分もたくさんありました。 細かいディティールを掴んでいるなぁと感心。 一緒に映画館に行った友人は 彼女自身、超のつ...

トレーニングの時間確保

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パーソナルトレーニングに週2回通っている というと、子育てしながら 一体いつの時間に行ってるの? ということを聞かれることがあります。 今日はそんなお話を。 子育て中は自分の時間が思うように なかなか取れないものですよね ワークアウトの時間を 定期的に確保するのが結構大変 私自身も、 子供達がまだ未収園児で小さい頃は 気が向いたら たまにヨガのクラスに参加するくらいでした 時間がなかったのか?と聞かれると 実際はその頃から プレスクールなども通っていたので 全くなかったわけでもないのですが 本当に毎日の年子育児に疲れていたので.... 子どもと離れている時間は とにかく体力温存とばかりに からだを休めることを第一優先に。 寝不足+育児でヘトヘトになっている上に さらに運動をするなんて考えるだけで 疲れそうで、、😅 本格的な運動をする余裕はなかったです。 それが少しずつ変わったのは今から約2年前。 次男が幼稚園に入園し、しばらく経った頃。 まとまった睡眠を ようやく取れるようになり、 今までバラバラだったのが 同じ場所に2人とも通うことになったので 1日のリズムがスムーズに整いだした頃。 よし、この辺でびしっと体を作っておこうかなと 思い立ち、パーソナルトレーニングジムを探して通い始めたのでした はじめてしばらくは スケジュール確保に バタバタしていましたが 今では1週間のルーティーンに トレーニングを完全に組み込めるように。 1週間に2回のうち、 まず1回目のトレーニングは 平日の子供達が幼稚園に行っている時間。 送り出して30分後にジムにinします そして2回目のトレーニングは週末の休日の朝。 週末の午前中は 夫もジムに出かけるので 交代で子供たちを見ながら バトンタッチ形式でジムへ。 子供たちも休日の朝= パパもママもトレーニングに行くもの。 と、当たり前のように思ってくれているので 出かけるのもスムーズ。 今のところ、こんな感じで 平日の午前中+休日の午前中 という、この時間帯が自分にとっても 家族にとっても負担なく、ベストかなと。 2回のトレーニングは それぞれ 胸、背中、腹筋メインの日 脚、お尻、肩メインの日と分けて。 もうひとつよく聞かれること。 「トレーニングが中々、続かなくて、、 どうやったら続く?」 ということ。 私の場合ですがトレーニングが ...

28mmの世界

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写真の話が続きます....! ハマるとそればかり。 良かったらお付き合いください^ ^ 前回の記事で 愛用のカメラLeicaQ2に ついているレンズの焦点距離は 28mmのものだという話をしました この28mm、中々難しい画角とされるのですが どうにか自分のモノにしたいと 色々と調べるにつれ、 ひとりのフォトグラファーを発見! Garry Winogrand (ゲイリー ウィノグランド 以下、ヴィノグランド) 主に60年代に活躍されたフォトグラファーで NYのマンハッタンが写真の舞台の中心 ウィノグランドは Leica M4と28mmレンズで ストリートスナップを撮っていたようです 28mmを好んで扱うフォトグラファーって 調べてみても中々いなくて。 ウィノグランドがそうだと知って 28mm画角のヒントが散りばめられているかもしれないと思い、早速写真集を 一冊取り寄せてみました 60年代のアメリカ 戦後の激動と楽観主義の間の揺れのようなものを 揺るぎなく捉えた写真家 美しさとコミカルさ、そして人間関係の苦々しさ そんな偶然のユーモアを示すような写真の数々 (綺麗な女性の写真も多い) ウィノグランドの撮る28mmの画角は 流暢な優雅さがありながら 写真自体のカジュアルさがある感じ 前の記事で 28mmという画角の難しさ=余計なものも写り込んでしまう。と書きましたが ウィノグランドの写真をみていると その余計なもの=単に事実が散らばっているということなんだ。と、あっさり思えてくる。 そうか。  元々、この目で見る世界は断片の寄せ集め。 それが真実だよね。と。 余計なものが 写り込んでしまうと考えるのではなく、 ある被写体にスポットを当てながらも その背景にある複雑さや曖昧さごと写すのも ひとつの写真の美の在り方だな。と この画角に対して新たな視点を見出せました。 私の小さなフォトグラファー ピントがわたしから綺麗に外れてるの、 もしかして...敢えて?だよね? やっぱり君は天才!未来の巨匠! ということにしておきました笑 ココ。 この写真、 ココを中心にトリミングしようと思っていたけどウィノグランドの写真集を見た後では 背景に写る子どもの足、 ノートにペン、携帯にマグカップ。 そんなノイズとも言えるささいな断片が 逆に詩的な可能性のようにも感じる(大げさ?) そんな魅...

続 ライカのはなし

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カメラの話、続きます...! 好きな人以外には 少しだけマニアックな内容かもしれませんが....! (いろいろ覚えたてなので的外れのことを言っていたらごめんなさい....) 一眼レフとの1番大きな違いは ファインダーの違い ライカMはレンジファインダー 撮影レンズとは関係なく カメラ本体についている 素通しのガラスを覗いて撮る なのでファインダーから見えている範囲と 実際に写る範囲が少し違うのです もうひとつは MF(マニュアルフォーカス)で 撮るということ 撮る一枚一枚に ピント合わせをするということです 必然的に被写体を決めてそこに向き合う時間が 少し長くなる 普通のAFカメラのように 電源をつけて起動させ 自動で機械がピントを合わせてくれて その他もろもろ最適な設定を決めてくれて ただ、パシャリ。と出来ないのです。。 でも、だからこそ 被写体を意識して全て自分で 設定する行為があるからこそ 気持ちや意識を写真に乗せることができる そこがMFの魅力。とはよく言われること 自分が撮りたいものはここから どのくらい距離が離れているんだろう 光はどのくらい取り込めばいいかな? どの範囲までくっきり写そう? そういうことを一枚一枚考える AFはもちろん素晴らしいし便利。 今、その瞬間を逃さず シャッターを切れる喜びは大きい 一方でMFは被写体とじっくり対峙する その一連の行為そのものが クラシックな本来の写真の作法のように感じ そんなイメージもMFへの憧れを誘う そうなると最初は一番のネックにしていた MFが今度は愛すべき不便に思えてくる そして、、 やはり行き着くところ M型ライカが欲しくなる...! 今の私の愛機 LeicaQ2の焦点距離は28mm 焦点距離というのは 簡単に言うとレンズから 対象とする被写体までの距離のこと 数字が小さくなるほど広角で広く撮れて(雄大な景色を撮るときのような) 大きくなると距離が近くなる 写真全体が狭くなるというか(顔のアップのポートレートのような) この焦点距離 自分にぴったりしっくりくる距離というものが その人それぞれにあると思います Q2は レンズ固定型なので基本的には28mm固定されてあって他の焦点距離では撮れない(クロップ機能で35mmや50mmにできますが) この28mm 広角レンズに分類される焦点距離で 結構広い範囲ま...